ねつ  ぞう
これは捏造です








                                           提供:西尾賢ソボブキ




● 亀楽とは

亀楽(かめがく)は葛飾区亀有周辺に古くから伝わる幻の伝統芸能です。

● 亀楽の歴史

明治以前の亀楽に関する資料 その1
亀有風俗絵巻


嘉永六年と記されている
【ペリー来航の年】


  挿絵から推測すると、使用された楽器は三味線と、もう一方は何か縦にくわえて吹く楽器 、篳篥のようなものでしょうか。御神楽として演奏されていたようです。

明治以前の亀楽に関する資料 その2
縄文式土器



縄文時代の亀楽は亀を楽器として使用。


● 西尾流亀楽

  西尾流亀楽の初代は西尾政賢(1872〜1916)

新潟県東蒲原郡に生まれ、塩の専売局に勤務します。その後 転勤により福島、京都、香川などを転々とし、各地の伝統芸能に触れることで 彼の音楽的素養は磨かれていきます。
  1902年、ついに彼は亀楽に出会います。その頃細々と受け継がれていた 亀楽を偶然耳にした政賢はその衝撃的音楽に感激し、以後は亀楽に没頭し、 1905年には西尾流亀楽を打ち立てています。後継者がなく風前のともし火だった亀楽 は
一気に勢いを増し、それは2代目の時代まで続きました。
  政賢の打ち立てた亀楽には、彼が香川に赴任したときに出会った松原太鼓の 影響がとても強くみられます。後に再び訪れた香川県綾歌郡林田村で疫病に倒れ、帰らぬ人となった ウドン好きの政賢にとって、香川は特別な場所であったに違いありません。

  二代目は西尾勝夫(1904〜1962)

逓信省に勤務しながら、父から受け継いだ亀楽を発展させていきます。

この時代の亀楽はより「踊り」的要素を濃くしていきます。勝夫の 「亀楽おどり」は
一世を風靡し、亀楽はもはや安泰かと思われました。


亀楽おどり…首を振りながら町を練り歩く




当時の盛況ぶりがわかる(長門町八幡神社にて)




結婚式では「祝い亀楽」が定番



ところが、複雑なリズムの亀楽が、踊りには少し難解に感じられ、 より一般的な
音頭などを大衆が好むようになると、亀楽は一気に衰退してしまったのでした。


亀楽の衰退について思案する在りし日の勝夫(左)


  この亀楽の衰退に歯止めをかけた人物が山崎重之助(1908〜1969)です。
重之助は、浅草猿屋町の指物師(さしものし:桐などの板を使って小引出しなどを作る職人)山崎巳之助(1869〜1961) の長男として生まれ、自らも指物師となります。
  重之助は伝統工芸職人でありながらモダンな感覚の持ち主で、 行き詰まった亀楽に悩む勝夫に、サックスやトランペットなどの西洋楽器を導入する というアイデアを授けたのでした。これによって亀楽はより活き活きとした音楽に 生まれ変り、新しい局面を迎えます。

  重之助の楽曲は「向柳原の正ちゃん亀楽」など今も演奏されています。


重之助のモダンな感覚はその服装からも明かだ

  

  三代目の西尾和倫(1937〜)はさらに亀楽に<音ぼけ奏法>という それまでの亀楽にない全く新しい技法を導入し、四代目の西尾賢(1963〜)に 正確に受け継がれています。

  現存する最も古い音の資料は、昭和20年代に録音されたと思われる
「北三谷亀楽」で演奏者は不明です。音質がかなり悪く断定できませんが おそらく、ソプラノサックスとトランペット、ハーモニカが旋律を担当していると 思われます。

                  「北三谷亀楽」を聞く

  また、同じ頃に録音された「ひさご亀楽」は、この時代の亀楽には珍しく歌が付いています。 ここに歌われている「ひさご」とは見性寺前にあった呑み屋の名前であるという説が有力です。
                  「ひさご亀楽」を聞く



昭和39年頃のひさご(右:ひょうたんの戸が目印)
つい最近まで営業していた
左奥は踏み切りで待つ人と車
その線路の先(写真奥)に亀有駅がある




 流行歌などにみられる亀楽の影響

  亀楽全盛の頃、その影響は当時の流行歌などにも色濃く残っています。

1. 弾連村崎野
ハーモニカ、シロホンベル、ピアノによって演奏されています。
亀楽そのものといっても過言ではありません。


2. 節海淡
ドーコレボントから発売された丸ちいさんの端唄です。


3. 箱手玉楽音
まさに箱手玉!!








 亀楽おどり

  二代目・勝夫の考案した亀楽おどりは桃の節句の 行事として今も続いて行われています。毎年3月3日の 午前0時から4日の午前0時まで、雛亀楽の演奏に合わせて 休みなく踊られる亀楽おどりは、亀有の春の風物詩として 定着しています。


毎年3月3日午前0時見性寺をスタート
午後10時頃から踊りはクライマックスへと向かう



お問合せは亀楽おどり実行委員会まで




 琉球民謡との関係

  北三谷亀楽の三味線パートや中之台亀楽の旋律などには、沖縄風音階が使われています。 これは、昭和初期の亀楽に多大な影響を与え、自らも楽師として活躍したにごうり姉妹 の次女「ふく」(1910〜1992)が積極的に亀楽に導入したアイディアです。


にごうり姉妹:次女「ふく」


  にごうり姉妹は、長女「静」次女「ふく」三女「清」からなる三姉妹です。長女と三女による 歌や漫談や踊りを中心とした出し物で全国を旅した旅芸人で、特に琉球民謡の評判が高かったようです。 次女のふくは三味線を担当、長唄、常磐津、各地の民謡などを自在に弾きこなし、当時あまりなじみのない 琉球民謡も、天性の音感と研究心によって自らのものとしていきました。 1936年、次女ふくの結婚により、惜しまれながらも姉妹の芸能活動は休止。その結婚相手が前述の 指物師:山崎重之助だったのです。戦後は主婦をしながらも、時には亀楽師として演奏したり、 三味線を教えたりしながら、ほぼ生涯現役の82歳で永眠したのでした。



82歳当時の ふく
四代目愛用の三味線はふくの形見である





 ちんどん屋との関係について

  ちんどん屋と亀楽との関係については、まだ研究されはじめたばかりで、ほとんど 何もわかっていません。明治以降の亀楽は、ちんどん屋「勇亀(いさみかめ)」から派生した ものであるという説、ちんどんと亀楽は全く無関係という説、など研究者のあいだで様々な見解が とびかっています。ちんどん歴史アルバム
  西尾流に関して云えば、二代目:勝夫の日記には、幼少のころの記述に「少年の時から芝居、活動が大好きで町を通る楽隊の 音を聞いてはたまらず母にねだって大抵は来る度に見た。…」とあるので、おそらく意識無意識に関わらず、音楽的には多大な影響を受けているであろうと思われます。


勝夫の日記






● 音楽的特徴

  伝統的な亀楽は基本的には器楽曲ですので、踊りは伴わないのが普通です。
現在使用される主な楽器は、サックス、トランペット、鍵盤ハーモニカなどで、これらは 主に旋律を担当します。また、ドラムスや各国各種の打楽器、三味線や三線は 伴奏を担当します。

  楽曲はシンプルな一つのメロディーを二つ以上の楽器がユニゾンで奏で、 打楽器と三味線などがリズムを支えます。メロディーは少しづつ即興により変奏されて いきますが、その変奏のしかたは各々の楽師に任されています。

  リズムは基本的には四拍子ですが、変奏されていくうちには各々の楽師によって様々な 拍子が演奏されるので、それにより独自のリズム的効果が得られます。

  楽譜は五線を現在は使用していますが、はじめに亀号を付します。


ト音亀号(上) ヘ音亀号(下)


● 現在の亀楽

西尾流亀楽で現在頻繁に演奏される主な亀楽曲は下記の通りです。

曳船十三橋の亀楽
中之台亀楽
長右衛門亀楽
北三谷亀楽
ひさご亀楽
砂原亀楽
祝い亀楽
さいたまや亀楽
雛亀楽
亀楽囃子
餅つき亀楽

これらは伝統的な楽曲で、いずれも季節を問わず演奏されます。

これら伝統曲の他、新作曲も多数書かれています。さらに、わずかな資料を
もとに 、古亀楽の再現にも積極的に取り組んでいます。チョンチョコリン亀楽は その代表的な楽曲で、寄席の出囃子などによく演奏されていたようです。



  亀有付近の三味線教室では、長唄、俗曲、民謡などとともに亀楽も教えている所が 数多くあります。また多くの小中学校で音楽の授業に亀楽を取り入れています。現在、教則本 として使用されているのは「亀楽大全」(全五巻:西尾勝夫著)ですが、これは非常に 専門的な著書で主に亀楽師や亀楽教育者向けであり、一般向けではありません。
  近々ようやく一般向け亀楽教則本「Let's亀楽!vol.1三味線タブ譜付き」(西尾賢著) が甲羅出版より発売される予定です。




 おついたち 亀楽粥

  毎月1日には楽師は亀楽粥を食べる習慣があります。これは京都の松尾大社の風習を、京都に赴任していた 初代:政賢が導入したものです。 松尾大社は醸造の神、西尾流に代々伝わる密造ねつ造酒「腰ぬかんばい」を毎年奉納しています。
  西尾流の亀楽粥は松尾大社のものとは随分違ったものとなっています。白粥にほんの少し「腰ぬかんばい」 をおとし、亀有名物「岩亀せんべい」を砕いて散らすとできあがりです。




 柴山 Karl 亀雄氏について

  柴山氏はサンフランシスコ在住の日系3世です。日本からの移民によってアメリカで独自の発展を遂げている Kamegakuについて調べている亀楽研究家です。自分の名前「亀雄」 と亀楽、さらには「かめあり」と「アメリカ」、その因果関係について興味深い分析をされています。

  2002年5月12日に開催された亀楽継承者と研究者のはじめての合同会議に出席するため来日し、 広く発掘調査も行いました。


S.Fベイエリアの調査をする亀雄(左)に同行する四代目(2001年6月)






 祝言亀楽

  2005年5月、戦後初めて祝言亀楽が某所で披露されました。
祝言亀楽は結婚式において、口上の後いくつかのめでたい亀楽をつづけて演奏する様式で、 特別な舞いを伴います。複雑な構成とおおがかりな事などから、ほとんど演奏されることが なくなっていたのですが、久し振りの演奏に会場のお年寄りからも「ああ、懐かしい」と いう声があがっていました。



戦後初とあって報道陣もつめかけた




懐かしさに顔をほころばすお年寄り




披露宴はいっきにクライマックスへ






 亀楽の演奏が予定されている演奏会







 「亀楽人形歌呆舞伎」 復活準備委員会発足

  この度、江戸時代末期まで存続した幻の芸能「亀楽人形歌呆舞伎」を現代に蘇らせるべく、 「亀楽人形歌呆舞伎」 復活準備委員会を発足する運びとなりました。委員会は 様々な分野の専門家によって構成され、歴史の正確な検証と多角的な視野に基づく復活作業を 行うものであります。
  定例会は毎月1日おついたち亀楽に併せて開催しますが、緊急かつ重要な問題については 随時掲示板上で討議していく予定です。
  また、2003年5月頃には亀楽人形歌呆舞伎の試験的な上演が実現できるよう準備を整えています。

 
委員長
亀有ねつ造伝統芸西尾流亀楽四代目   西尾 賢
委員
日本人形劇人協会 事務局長   大沢 直
月刊「偽伝統芸能」編集長   大造 眞一郎(甲羅出版)
百貨山市商会 会頭   大野屋 太平洋
甲羅出版編集部 広報担当   笠井 羊史乃
料理人   膳 鶴舞
五代目 三ノ輪流   熊野前 遊郭
住所不定・無職   公園のへいちゃん(通称)
民族音楽研究家   後藤 シャーミン
亀楽後援会会長   塩浜 美縫
亀楽研究家   柴山 Karl 亀雄(米国)
正調亀楽歌唱法指導   須戸 馬弓
日系ホース鑑定士   マット 洲本
宝籤歌劇団・夢組   駿馬 優
人形劇   童心座
農村芸能研究 我孫子産業大学講師   利根川 田圃
亀有暫定自治区議長 まき網保存協会監事   永井 節
書道家   藤ノ木 明仙
舞踊 古巻流家元   古巻 薫
芸者   豆奴
落語家   柳家 一琴
傀儡戯耳遣い   王 麗優(中国)
(敬称略/五十音順)






復活!亀楽人形歌呆舞伎



  2007年2月1日、ついに亀楽人形歌呆舞伎の復活公演が実現しました。 場所は渋谷「公園通りクラシックス」というライブハウス。演者は「井村淳と 仲間たち」で出し物は「桜はだれが好き」「どてーん」の2本、楽師は、にこ榮、 松本健一楽師、伊藤啓太楽師、四代目の4名。幕開けの「祝い亀楽」から「中川堤御花見亀楽」 「ひさご亀楽」「北三谷亀楽」と演奏され、人形芝居と亀楽の1世紀ぶりの出合いに、 つめかけた多勢の観客は酔いしれていました。






 亀楽歌呆舞伎

  亀楽人形歌呆舞伎を人間におきかえた芝居「亀楽歌呆舞伎」は昭和初期まで農村歌舞伎と同様、 亀有近辺で民間伝承しながら行われていました。写真左は「桐箪笥娘・子別れの場」。右は上演前の 一座。出し物は定番「勝次一代」。神社祭礼などで上演されていました。芝居の始まりと終わりには 「亀楽囃子」が必ず演奏されます。(いずれも昭和10年頃)






 加藤亀吉(1891〜1974)と餅つき


昭和30年頃の亀吉


  賑やかな「餅つき亀楽」にあわせて餅をつく年末の風物詩「亀楽餅つき」、 これがなくては亀有の年は明けない。餅つき亀楽を唄う歌い手は60歳以上の女性に限られ、 餅をつくのは同じく60歳以上の男性に限られる。
  伝説の餅つき名人、加藤亀吉のつく餅は こしとのびとつやと風味の絶妙なバランスが見事であったと言い伝えられている。餅は長方形に伸されてから 包丁で切られるので通常の伸し餅に比べ柔らかい面が多い形となる。 生前の亀吉は年末に必ず福島から上京し、その見事な餅をついて人々に振る舞ったという。 二代目勝夫の妻、アサヨの実家は福島県松川町の農家で、アサヨは女ばかりの 9人姉妹の末っ子。亀吉は、アサヨの長姉の婿であり、 勝夫・アサヨ夫婦の苦境を、経済的に幾度となく援助して亀楽を支えた、 まさに縁の下のちから餅である。






 娘亀楽


邪馬太夫


  昭和40年代まで若い男性や文化人までを虜にし、社会現象にまでなった「娘亀楽」。 娘義太夫とは一線を隔し、その実演はほとんどが路上において行われ、 娘亀楽師がその年齢にあまりにも似つかわしくない苦悩の表情で歌い上げる様に、 当時の聴衆は狂喜乱舞しました。唄が最高潮に達すると聴衆は「ど〜してどして〜」と 掛け声をかけ、クライマックスへとなだれ込みます。






 龜樂レコード

 歴史的に貴重な音源や次々に生み出される新しい亀楽を記録するために 亀楽レコードは設立されました。プライベートに録音された音源の復刻や現在の 亀楽はもちろん、現代のいきいきとした芸能を垣根を越えてCDR化して皆様にご提供 していく予定です。お楽しみに!


CDRカタログ


シングル


普及版
「正調げんげ節」

「中川堤御花見龜樂」
ちい丸

「メモリアル版バリゴ節」
ちい丸

「にごうりの花咲く浅草」
平成にごうり姉妹





アルバム


「龜樂」
西尾流四代目
只今製作中





 龜樂レコード専属歌手

豆奴

須戸馬弓

にこ榮

百合奴

ちい丸

みさ吉




 亀楽学院 生徒募集
一般科専門楽師科
気軽に亀楽を楽しみたいという方のためのコースです。プロの亀楽師を目指す方のためのコースです。
                   1.個人レッスン
                   2.アンサンブル実習
                   
                   

          1.即興音楽の基礎楽理   5.楽器レッスン
          2.ねつ造技法         6.アンサンブル実習
          3.亀楽の歴史研究      7.作曲法
          4.亀有地域研究       8.亀楽師修了認定試験
           
入学金 : 無し入学金 : 無し
受講料 : 1レッスン(1h)¥1000(+スタジオ代+交通実費)
    (通信講座は無料)
受講料 : 1レッスン(2h)¥4000(+スタジオ代+交通実費)
    (通信講座は無料)



亀楽学院亀有本校
本校のみ3才からの英才教育コース有

江古田校

横浜校

草加校



悪徳「亀楽教室」にご注意!

  最近、亀楽教室の看板をかかげ、高額な稽古料、教材料を請求する 悪徳教室が増えています。現在、亀楽として認められている流派は 西尾流のみですので、師匠をお選びの際は、西尾流亀楽師の資格の有無を必ずお確かめいただくよう、お願いいたします。






 ちい丸 お披露目

学院卒業生ちい丸が 中川堤御花見亀楽でデビューします。
皆様御贔屓の程宜しく御願い申し上げます。
聴く

ちい丸 プロフィール
1974年 熊本県出身。
高校卒業後上京。R&B歌手を目指すも挫折。故郷に帰る決心
をしかけたその頃亀楽と出会い、学院門下生となる。「初めて
聴いた時、これだ!これこそ私の音楽だ!と感じました。」(本人談)
その後は亀楽師としての天性の能力を瞬く間に開花させ、
専門楽師科全過程終了の2004年3月、卒業と同時に
亀楽レコード専属歌手としてまさに「はなやかはなやか」デビュー。

豆奴姐さんからの祝辞
  ちい丸 賛江
ご卒業おめでとうごいざいいます。早くもデビューと聞き心から 喜んでいます。あきらめず努力した甲斐がありましたね。 ちいちゃんの頑張りと素質には出逢った頃から目を見張るものがありました。 亀楽という伝統音楽を担うにふさわしい逸材です。今後のご活躍、あたしゃ 楽しみにしてますよ!・・・豆奴


ちい丸 オフィシャルウェブサイトはこちら





 平成にごうり姉妹 始動!

百合奴・みさ吉・ちい丸の三人の新ユニット
平成にごうり姉妹が活動を開始します。
奄美の百合奴がリーダーとなり、博多のみさ吉、熊本のちい丸が
歌あり踊りありの漫談を繰り広げます。
四代目西尾賢が祖母「山崎ふく」から受け継いだ 元祖にごうり姉妹の精神と
抱腹絶倒なネタの数々を惜しむことなく注ぎこんでの 完全プロデュース。

皆様、御贔屓の程宜しく御願い申し上げます。


平成にごうり姉妹のテーマソング「にごうりの花咲く浅草で」聴く



百合奴 プロフィール
奄美の島歌のなかで育った子ども時代。 上京後、髪結いとして働きながら池袋演芸場界隈で芸を磨く。 平成にごうり姉妹においては長姉的存在。

みさ吉 プロフィール
福岡県糟谷郡出身。博多を中心に歌や太鼓で活動。 他にも数々の楽器をこなす、音楽面での中心的存在。





 日本捏造伝統芸大賞

毎年、優れた捏造伝統芸に授与される国内唯一の賞、「日本捏造伝統芸大賞」。 2005年、亀楽は大賞にノミネートされました。

ノミネート発表会場での四代目とちい丸




 西尾アサヨ名誉会長 逝く

  二代目・勝夫の妻で長年にわたり亀楽の舞台裏を支えてきた西尾アサヨ名誉会長が、 平成17年7月6日、脳梗塞で入院中の亀有の病院で亡くなった。満93才の大往生であった。 西尾流亀楽の創世記を知る最期の長老の死を惜しみ、功績を讃える亀楽葬が清々しく執り行われた。



通夜亀楽を奏でる四代目


西尾アサヨ プロフィール
明治45年 福島県松川町出身。
二代目・勝夫の妻として亀楽を支える。
勝夫亡き後も亀楽の発展に力を注ぎ、
77才の時、名誉会長に就任、事実上の隠居となる。
その後も西尾流亀楽の精神的支柱として
若手を激励しつづけていた。




 伊勢神宮奉納



  2005年11月20日、午後1時より伊勢神宮内宮・参集殿において 四代目による奉納演奏がおこなわれた。奉納されたのは「奉納亀楽」
「伊勢亀楽」など 8曲で、約1時間華やかに演奏された。
共演は伊藤啓太楽師、かみむら泰一楽師。






 亀有のことなら

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